星期六, 9月 22, 2007

大目的観を持て

 戸田先生は、折々に、こう教えてくださった。
 「人生の本当の偉さというものは、どこにあるのか。
 それは一つは、若いときに決めた希望、信念というものを、一生涯貫いていく。もう一つは、一生涯、若々しい情熱を持ちきっていけるかどうかである」
 「年齢には三つある。肉体的な年齢、精神的な年齢、生まれてから数えている年齢である。
 たとえ肉体は老いても、生命力は強く、若々しくなければ駄目だ」
 満々たる勇気と情熱を燃やして、わが信念の道を、生涯、「青年の心」で歩み抜くことだ。
 先生は、こうも語られた。
 「信心の深さが変わらなければ、生活は変わらない。信心が深ければ、生活は一変する。運命の転換ができるのである」
 ”信心の深さ”が”人生の深さ””人間の深さ”を決める。一切は、一念で決まるのだ。
 「人生に悩みというものがなかったら、人生ではない。その悩みが悩みでなくなってくるところが、菩提である」
 悩みや迷いや苦しみは、だれでも、あるものだ。それを「煩悩即菩提」とし、「変毒為薬」していく。これが妙法の醍醐味ではないか。
 さらに先生は叫ばれた。
 「大目的観を持て!人生最高の大目的観を持て!そうすれば、生も喜びであり、また死も喜びである」
 広宣流布の大目的に生き抜く人生は「生も歓喜」「死も歓喜」の大境涯を開いていくのである。

山梨最高協議会での名誉会長のスピーチ㊦
(2007年9月21日聖教新聞掲載)

星期五, 9月 21, 2007

Rendezvous with Nature -- 9

Tokyo, Japan (May 1999)

Moonlight (excerpt)

In the shining realm of the silver monarch
the serene light of a wonderland of peace

I want to become drunk with moonlight,not out of tender sentimentality
but as a human being living in fullest harmony with nature,
determined never to lose sight of its primal being,
as a natural man, unhurried,
I want to love the moonlight

Daisaku Ikeda

Buddhism for you -- Determination 14

Life is like a sea voyage.
We each need to open up our own course in life with the strength of our convictions, unperturbed by the crashing breakers of life's stormy seas.
The fiercer the tempest rages, the more we need to rouse our own fighting spirit and man the tiller with all our strength and skill, crying, "Bring it out!"

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However, as for the matter of becoming a Buddha, ordinary people keep in mind the words "earnest resolve" and thereby become Buddhas.--Nichiren

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The stronger the oppression from without, the stronger one's determination to summon forth one's inner resources to fight against it--this is the spirit of youth.

「仏法は勝負」最高の人間道を歩め!


 「仏法は勝負」である。
 勝つか、負けるかである。
 釈尊も、魔と戦い勝って、成道した。いな、あらゆる障魔と戦い勝った。仏の異名に「十力降魔軍」「戦勝」「勝者」等とある通りだ。
 勝ってこそ仏である。
 これが、釈尊の精神であり、末法の御本仏・日蓮大聖人の法門である。
 人生も勝負だ。自分の人生、勝たねば幸福はない。善もない。敗北者は地獄だ。地獄に行かぬために、仏法があるのだ。この仏法を深く信ずるか、忍耐強く実践するか、勇敢に行動するかによって、勝負が決まるのだ。
 人生は、幸福が目的である。勝利のない人生は、苦しく、侘しい。絶対に、敗北の人生という不幸者になってはならない。
 戸田先生は、一生涯、全身全霊を打ち込んで、勝負の道を歩まれた。
 私は十九歳から、深き深き師弟不二の血脈を受けながら、最高の人間道を歩むことができた。
 妙法を流布しゆく、師弟不二の人生だ。
 全く悔いのない人生である。永遠に勝利と功徳の輝く人生である。
 十九歳の時に師に誓った、大仏法の広宣流布の誓願を、今も、いささかも揺ぎなく堅持して戦い進んでいる。
 皆様もご存知の通りだ。

 ある時、戸田先生は言われた。
 「友人は必ず持つことだ。それも、良い友人を持つことだ。悪い友人は、人を利用する。悪い友人は自分の前途を堕落させるから、近づけるな!」と。
 同志を心から大切にし、新しい友情を拡大していくことが、広布の実相である。この一点を、忘れてはならない。
 「私たちは健康に留意したり、貯金したり、屋根に雨漏りがしないようにしたり、衣類に事欠かぬように用意したりする。だが、あらゆるもののなかでいちばん貴重な財産である友人を失わないために、賢明な備えをする者がいるだろうか」
 このアメリカの思想家エマソンの言葉が思い出される。

 戸田先生を囲んでの懇談の折り、一人の青年が質問したことがある。
 「正しいはずの牧口先生が、どうして迫害を受けたのでしょうか」

 戸田先生の眼が、厳しく鋭く光った。
 戸田先生は質問自体には、全く答えられなかった。
 ただ一言、こう言われた。
 「根本は弟子がどうかだ。師の大事の時に殉ずるのが、弟子の道じゃないか!」
 最も正しい師匠であるからこそ、最も迫害されるのだ。
 御聖訓には、あまりにも明確に記されている。
 「如説修行の法華経の行者には三類の強敵打ち定んで有る可し」(御書五〇四㌻)
 「大難なくば法華経の行者にはあらじ」(同一四四八㌻)等と。
 重要なのは、師と共に殉難の覚悟で、師を護り、師を継いでいく弟子がいるかどうかである。
 その弟子がいなければ、師が命を賭して、三障四魔を打ち破り、弘通した大法も、令法久住できないからだ。

 わが師・戸田先生が事業を失敗され、大きい苦悩の道を歩み始めた時に、信頼しきっていた弟子たちが、多く去っていった。
 この恩知らずの連中たちは、戸田先生の悪口雑言を、唾を吐くように言い散らして、去っていった。逃げていった。
 師と共に苦しむことが、どれほど大事であり、どれほど誇りであるかを知らない、畜生の心の連中であった。
 若き私は激怒した。
 夜の暗い事務所の片隅で、先生と二人で語り合った。
 「君よ、学会を護るために、阿修羅の如く、いな阿修羅となって戦い、活路を開いていってくれ給え!」
 先生のお体は、心労が重なり、衰弱していかれた。事務所の小さな座敷で、先生が横になられ、そこで懇談をしたことも、幾たびとなくあった。
 私は、この師の苦しみを全身で受け止めながら、まさしく阿修羅となって戦い始めた。ありとあらゆる行動を重ね、ありとあらゆる打開策を講じ、ありとあらゆる誠意を尽くした。
 全精魂を打ち込んで、師を護り抜くための、実社会での大闘争を続けたのである。
 激戦また激戦に明け暮れるなか、戸田先生はしみじみと語られた。
 「俺も、大作も、男らしい戦いをやり抜いてきたなあ」

・・・・・・
 一人の真実の弟子を持てた師匠は幸せである。
 牧口先生が殉教して残された正義の大道を、戸田先生が一人、厳然と受け継がれ、社会に開いていかれた。
 その道を、私が一人立って、同志と共に、世界百九十の国々と地域へ広げてきた。
 戸田先生が勝ったからこそ、牧口先生が勝利された。
 私が勝ったからこそ、戸田先生が勝利されたのだ。
 そし、わが後継の青年部が、日本中、世界中で勝ちまくってくれるがゆえに、私も永遠に大勝利なのである。

随筆・人間世紀の光(142)の一部引用
(2007年9月20日聖教新聞掲載)

星期四, 9月 20, 2007

Buddhism for you -- Determination 13

Buddhism teaches us that the individual writes and performs the script for his or her own life.
Neither chance nor a divine being writes the script for us.
We write it, and we are the actors who play it.

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Just as flower open up and bear fruit, just as the moon appears and invariably grows full, just as a lamp becomes brighter when oil is added, and just as plants and trees flourish with rain, so will human beings never fail to prosper when they make good causes.--Nichiren

立ち上がれ!波を起こせ!

 エドワード・ケネディ上院議員は語られていた。
 「私は創価学会の活動を大変に尊敬しています」
 「私は思います。人々が互いに理解し合うには『まず自分が人間的行動を起こす』ことだと。
 私は池田会長の思想に賛同します。復帰すべきところは『人間』です」『人間に帰れ』です」
 あらゆる変革は、自分自身の人間革命から始まる。
 ケネディ上院議員はまた、今年の7月、アメリカSGIの東部方面総会にメッセージを寄せ、兄君の故ロバート・ケネディ司法長官の次のような言葉を紹介してくださった。
 「信念のために立ち上がるたびに、ひとびとの幸福のために行動するたびに、そして、不正に立ち向かって闘うたびに、人は、小さな希望のさざ波を起こすことができる。
 幾百万の情熱と勇気を泉とするこうしたさざ波は、互いに交差し、重なり合いながら、やがて大いなる潮流となる。
 この潮流は、抑圧や抵抗の強固な壁をも押し流す力となるのである」
 立ち上がるのだ。
 行動するのだ。
 波を起こすのだ。
 外へ、外へと打って出るのだ。折伏精神を胸に!
 小さな世界いいるだけでは、新しい発展はない。停滞してしまって、傲りの心、退転の心に侵されてはならない。
 列車も、飛行機も、どこかへ向かっていく。進まなければ、目的地には着けない。これが道理である。
 人もまた、生き生きと、新天地に向かって飛び出すのだ。心を外へ開くのだ。そこに希望の拡大がある。幸福の光が広がる。
 勇んで、外へ打って出る--これが、勝利し、発展し続けていくための原則なのである。

~山梨最高協議会での名誉会長のスピーチ㊥~
(2007年9月19日聖教新聞掲載)

星期三, 9月 19, 2007

與自然對話--9


Buddhism for you -- Determination 12

If you cross one more mountain of hardships, you will find indestructible happiness then and there.--Josei Toda

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Will you take a step forward, or will you be content to stay where you are now?
Everything in your life is determined by that.

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Though some people wish to help me, eithter their determination is weak, or, though firmly resolved, they are unable to act on their intentions.
Thus, you are one of the very few whose actions match their will.--Nichiren

師弟直結の輝く模範を

 さて、戸田先生が亡くなられてから、明年で50年となる。
 ご逝去されたのは、昭和33年(1958年)の4月2日。その直前の3月に、ある幹部が戸田先生に質問をした。
 「これからの学会の前進のために大事なことは何でしょうか」
 戸田先生は、明快にご指導された。
 「第3代会長を、全魂込めて、皆で護ることだ。
 第3代会長を中心に仲良く生き抜いていくことだ」
 戸田先生は、弟子を何よりも大切にしてくださった。
 何がどうなろうと君さえ健在ならば、学会の未来は安心だ。君が大事なのだと言って、私を、心を尽くして育ててくださった。
 そして私は、戸田先生を、命をかけてお守りした。戸田先生のため、あらゆる戦いを勝った。
 戸田先生は、広宣流布の大指導者であられる。ゆえに、その戸田先生に、私は命を捧げた。
 私は、ただ師匠のために戦った。
 師匠に直結しない戦いは、いかなる戦いも意味がない。そう、私は決めていた。
 全部、戸田先生の言われる通りに戦ってきた。
 これが師弟である。
 口先だけの生き方は、結局は不幸である。嫉妬や偏見は、何の得にもならない。自分も、子孫も、損をするだけだ。
 山梨の皆様には、本物の師弟直結の人材城を築いてもらいたい。
 皆様はどうか、私とともに、真実の師弟の道を歩み抜いていただきたい。そして、勝ち抜いていただきたい。
 師弟の精神が磐石であれば、それが土台となり、因となって、「大山梨」を築くことができる。
 そうした見事なる「大山梨」ができれば、日本中、いな、世界中に、勝利の波動は広がっていくのである。

~山梨最高協議会で名誉会長のスピーチ㊤~

(2007年9月18日聖教新聞掲載)

星期二, 9月 18, 2007

大きな希望と幸福の生命の建設へ 

君は常に
失敗の連続の人生と
思っている。
それは
あまりにも愚かだ。

恥の上塗りを
するような人間は
いつまで経っても
勝利できない。
希望もなく
幸福も湧かない。

デンマークの哲学者
キルケゴールは叫んだ。
「人間は生きている限り
自分自身を
投げ棄ててはならない
人生のある限り希望がある」

切なくとも
自分らしき夢を持って
大きな希望と
幸福の生命の建設へ
走りゆけ!

(2007年9月16日聖教新聞掲載)

Buddhism for you -- Determination 11

All people can become Buddhas; they can secure eternal happiness without fail.
This conviction opens the way forward through any circumstance.

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Adversity gives birth to greatness.
The greater challenges and difficulties we face, the greater opportunity we have to grow.

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Where the issue is undecided
it is always the most stubborn who come out victorious.--Leo Tolstoy

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In Buddhism, deep-rooted determination manifests itself as prayer, which produces the wisdom and action that lead to vicotry.

星期一, 9月 17, 2007

Rendezvous with Nature -- 8

Oirase, Aomori, Japan (August 1994)

Weeds (excerpt)


They live
rank on rank of them in their green nakedness
they live vigorously
never flinching from the autumn frost, unbending in will,through the supple resilience that is their heaven-given naturethey live on in joy


They live
greedily they live
never the least air of gloom about them to the life-giving springs of the great earth their mother calling out in answer multiplying their friends they live on


In the light of the heaven they live discordantly
giving thanks to the dews and springs of the earththey live serenely


Sternly they battle with their surroundings
lively they take delight in their surroundings
day by day they carve out a life of fullness with the drought, the gale, the drenching rain,the morning dew, the sunset, the stars that fill the sky they live on, dancing and singing


Daisaku Ikeda

Buddhism for you -- Determination 10

Life is filled with contradictions.
But if we refuse to be defeated by them and presist in our faith, we are certain to advance along the path toward happiness and victory.
This is the essential power of Buddhism.

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Buddhism primarily concerns itself with victory or defeat, while secular authority is based on the principle of reward and punishment--Nichiren

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Through weathering trials, we can cultivate a self as strong as steel--a self impervious to all harm.
When we calmly view things from this standpoint, we need not fear anything.