星期四, 9月 06, 2007

自分が前進を!

 近代日本の文人に島崎藤村がいる。
 明治から昭和にかけて活躍した作家・詩人であり、『夜明け前』『若菜集』など、著名な小説や詩集を残している。
 その作品を読まれた方も、多いだろう。
 彼は綴っている。
 「誠実が先づ人を動かす」(「土岐哀果の歌」、『藤村全集第9巻』所収、筑摩書房)

 リーダーの皆さん、だれよりも誠実であっていただきたい。小手先の言葉や命令では、人は動かない。
 深い慈愛と真心。そして誠実の行動こそが、人々の心を動かすのだ。
 また、島崎藤村は「むやみと人を羨むのが、それが恥じですね」と記している(「弱いものでも」、同)。
 人を羨んでも何も変わらない。大事なのは、自分が前進することだ。
 自分自身の幸福境涯を、一歩ずつ広げていくことだ。
 「元を忘れ、奢りに長じたら、おのづから上を恐れず、人を侮り、正しきものの味方から背き去る族も出てくるものである」(「町人蜂谷源十郎の覚書」、『藤村全集第13巻』所収、同)
 これも島崎藤村の言葉である。
 原点を忘れ、初心を忘れた人間は、やがて傲慢になり、自分を見失っていく。最後は身を滅ぼしてしまうだろう。
 学会のため、広布のために師匠に直結して戦う。この根本の「心」がなくなったら、指導者失格だ。どんな戦いにも、勝てるわけがない。
 関西が強いのは、常に「師とともに!」との心がみなぎっているからだ。常勝関西の不屈の精神が、学会を支えているともいえるのである。
 また島崎藤村は、次の言葉を記し残している。
 「後進者のために尽くしたとの意識の如きは一つの高尚なる歓喜ではあるまいか」(「老年」、『藤村全集第9巻』所収、同)
 青年は未来だ。
 伸びゆく青年の姿ほど、うれしいものはない。
 皆さんは、だれよりも後輩を大切にするリーダーであってもらいたい。

方面長協議会での名誉会長のスピーチ㊤
(2007年9月5日聖教新聞掲載)

星期三, 9月 05, 2007

與自然對話--6


Buddhism for you -- Determination 3

The greater the struggle, the more enriching the experience is for your life.

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You cannot discover and realize your purpose in life with halfhearted efforts.

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Resolve from the depths of your heart: "Now I will stand up and fight!"
From that instant your destiny changes.
Your life develops.
History begins.

まずエレベーターで最上階へ

 本年は、『御書全集』の発刊から55周年である。
 学会は永遠に御書根本で進む。一切の勝利の源泉は御書にある。
 戸田先生は、常に教えられた。
 「不思議なもので、御書を拝せば、他の一切のものが易々と読めるようになる。生活のことも、明確な判断ができるようになる。ゆえに人生に行き詰まりはないのだ」
 「最も高き思想から学べ!御書を拝していけば、あとのことは全部、わかってくるものだ」
 そして、こう、わかりやすく話をされた。
 「牧口先生は――デパートの8階へエレベーターで上って、それから歩いておりるのと、8階まで歩いて上り、エレベーターで下りるのと、どちらが楽で価値的であるか――と、よく言われた。
 まず大宇宙の根本原理の当体である、御本尊を信ずることにより、すべてが、はっきりするのである。同じように、御書をまず学ぶことが大切である」
 一日に一節だけでもいい。日々の広布の戦いの中で、徹して御書を拝していくことだ。
 御書は“希望の経典”である。
 障魔を打ち破る“宝剣”である。

 とくに女子部の皆さんは、御書に親しみ、一生の幸福の土台をつくっていただきたい。
 戸田先生は最大の期待を込めて語られた。
 「女子部は教学で立ちなさい。
 どんな問題が起ころうとも、御書を根本とすれば、決して紛動されることはない」
 教学で立て!――これが女子部の永遠の指針である。
 心に深き哲学がなければ、浅薄な人生になってしまう。
 草創期の女子部の凛とした心は、じつに立派だった。邪悪は許さない。勇敢に正義を語り抜く。その先頭が、故・多田時子さんであった。
 私は心から女子部の奮闘を讃えたい。
 戸田先生は、女子部のリーダーを、ある地域の御書講義に派遣されたことがあった。
 その地域の幹部に先生は「この女性は、私が手塩にかけて育てた女子部だ。私の代わりに講義に入ってもらうのだから、粗末にしてもらっては困る」と厳命された。
 大聖人は「末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女はきらふべからず」(御書1360㌻)と仰せである。
 女子部が輝けば、創価の未来が輝く。
 新世紀の女子部の模範を、今こそ築き上げていただきたい。

代表幹部研修会での名誉会長のスピーチ㊦
(2007年9月4日聖教新聞掲載)

星期二, 9月 04, 2007

Buddhism for you -- Determination 2

We mustn't compare ourselves to others.
What is imporatant is that we strive to be better today than we were yesteday and better tomorrow than we are today.

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A change in your determination will cause a change in the prayers that you offer and actions that you take.

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What need is there to heed the words of ignorant people?
The human heart is difficult to trust.
Be independent and have self-respect.--Josei Toda

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Through the power of strong inner resolve, we can transform ourselves, those around us and the land in which we live.

勇気を出せ!

 戸田先生は叫ばれた。
 「青年部の諸君は、一人一人が師子となって、千万の敵と戦い、勝利する者である。これが本陣の青年である。青年が歴史を変えよ!」
 「青年の時代だ。青年に一切を託す。
 青年は死にものぐるいになって、勝ち抜く力をつくりあげよ!」
 当時、私は青年部だった。すべて、先生のおっしゃる通りに戦った。
 口先の決意や言葉だけではない。実践したのである。行動し、結果を出したのである。
 また、先生はこう語っておられた。
 「青年時代の歴史が最も大切なのだ。青年は、本部の源流に直結していかねば、大いなる成長はない」
 この「学会本部の源流に直結」とは、「広宣流布の師匠に直結」ということだ。
 師匠を求め、師匠の指導を命に刻んで戦う。そこにこそ、本当の信心の成長があるのだ。
 また、先生は戒めておられた。
 「悪人は叩き出すのだ!そうでなければ、学会が蝕まれてしまう。信心とは、邪悪への攻撃精神である」
 学会を自身の欲望や野心のために利用しようとする人間は、絶対に許してはならない。青年が、先頭に立って、こうした輩とは戦え!――これが先生の厳命であった。
 ドイツの文豪へルマン・ヘッセの言葉を、皆様に贈りたい。
 「悩みから力がわき、健康が生まれる」「悩みは、(人を=編集部注)ねばり強くし、鍛える」(高橋健二訳『若き人々へ』人文書院)
 悩んでこそ、本当の力がつく。押しつぶされそうな苦悩を乗り越えてこそ、人は本当に偉大になれるのだ。
 ドイツの思想家フィヒテは叫んだ。
 「然し勇気を出せ!勇気さえ残っているならば、ほかの何物が失せても構わぬ」(宮崎洋三訳『人間の使命』岩波文庫、現代表記に改めた)
 勇気だ。勇気で道を開くのだ。青年ならば!
 若き諸君が雄々しく立ち上がり、新たな大闘争の火ぶたを切りゆくことを、私は心から念願している。


代表幹部研修会での名誉会長のスピーチ㊤
(2007年9月3日聖教新聞掲載)

星期一, 9月 03, 2007

Rendezvous with Nature -- 5

Hachioji, Tokyo, Japan (April 1995)

Spring Breezes


The sudden shower has passed,the spring breezes rustle


Blossoms of the cherry-applewake from sleep,one petal dancing


By the rocks in the garden the shimmering heat waves rise


On the surface of the ponda leaf boat glides quietly along


I pray that the spring breezes of good fortune blow in the hearts of all
Daisaku Ikeda

Buddhism for you -- Determination 1

When your determination changes, everything else begins to move in the direction you desire.
The moment you resolve to be victorious, every nerve and fiber in your being immediately orient themselves toward your success.

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True happiness is a life of continual self-improvement.

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We should not dwell on the past; there is no need to do so.
Those who exert themselves fully in the present moment and burn with great hope for the future are the true sages in life.

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Even an individual at cross purposes with himself is certain to end in failure.
Yet a hundred or even a thousand people can definitely attain their goal, it they are of one mind--Nichiren

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Confront reality, look it squarely in the face, and with guts, wisdom and strength, challenge everything that lies ahead of you.

学んだことは話せば身につく

 創価学会は、どこまでも御書根本である。
 思えば、60年前の座談会で、戸田先生に最初にお会いした折も、先生は御書の「立正安国論」を拝して、お話をされていた。
 この秋には、伝統の教学部任用試験も行われる予定である。
 皆で真剣に御書を拝し、「行学の二道」に励んでまいりたい。
 戸田先生は言われた。
 「学会の教学では、御書を、身・口・意の三業をもって拝するのです。御文に『声仏事を為す』と仰せのように、仏法で学んだことは、どしどし、口に出して話しなさい。そうすれば、やがて身につくものです。」
 先生は「観心本尊抄」の講義に際し、仰せになられた。
 「たとえ、いかほどに観心本尊抄の研究や勉学を積むといえども、肝心の御本尊に対する信仰と感激と広宣流布の決意がなければ、まったくその深意に到達しえないのみか、かえって懶惰懈怠の徒となり、謗法の徒輩となって無間地獄に沈むのである。じつに誡心すべきことである」
 まことに重大なご指導である。
 さらに先生は、こうも語られた。
 「御書には、一字一句にも、大聖人のお心が込められている。それを心から一句でも読めたら偉いものだ。私は心から拝して講義をしている」
 「御書を分かろうとするんじゃない。大聖人の御精神に触れて感動することだ。そうすれば、昔、習ったことを思い出すようになるんだ。諸君も必ず過去世に習ったのだから!だから、この御書を感動しないで教えても、それは講義にならんぞ」
 「剣豪の修行」のごとき真剣勝負の心をもって、御書を学んでいくことだ。


信越最高協議会での名誉会長のスピーチ㊦
(2007年9月2日聖教新聞掲載)

星期六, 9月 01, 2007

信仰から不屈の忍耐と勇気が

 昭和22年(1947年)の8月24日--。
 それは、大変に暑い一日であったと記憶している。
 その日に、戸田先生のもとで「師弟の道」を歩み始めた青春の「初心」を、私は60年たった今も、いやまして赤々と燃え上らせている。
 これが、わが人生の誉れである。
 フランスの大数学者ポアンカレは、こう述べている。
 「行動を起こさせる動力はすべて信仰です。百折不撓の忍耐を与へ、勇気を与へるものは信仰のみです」(平林初之輔訳『科学者と詩人』岩波文庫)
 正しい信仰を持った人生ほど、強いものはない。
 戦後、広宣流布のため一人立たれた戸田先生の確信は、それはそれは、すさまじかった。
 ある時は、こう語っておられた。
 「地球上にただ一人、戸田城聖という不思議な人間が生まれてきたのだ。みんな覚悟して、ついてきなさい。私を知った人間は幸せなのだ」
 またある時は、弟子たちを、こう叱咤しておられた。
 「おまえたちは、私の本当の偉さがわかっていない。私の言うことを、『そうだ!」と信じなさい。『そうだ!』と思ってやりなさい」
 先生は戦時中、獄中で唱題を重ねる中で、”我、地涌の菩薩なり”との大確信を得られた。広宣流布という自らの使命を、深く深く覚知された。
 妙法流布の指導者としての大確信と覚悟があったからこそ、先生の指導は厳しかった。魂を射抜くような鋭さがあった。
 そして先生は、実際75万世帯の弘教を成し遂げ、広宣流布の基盤を築かれたのである。
 また、先生は語っておられた。
 「迅速果敢な行動--そこに勝利がある!」
 私は、この指導者のままに行動した。大変なところがあれば、飛ぶように駆けつけた。電光石火で手を打った。そして、各地で勝利の旗を打ち立てた。
 折伏でも勝った。先生の事業の苦境も打開した。
 先生は、本当に喜んでくださった。「本物は大作だけだ。大作がいて、私は本当に幸せだった」とまで言ってくださった。
 師匠のため、広宣流布のために、汗を流す。痩せる思いで戦う。それが、真実の弟子だ。私は、この覚悟でやってきた。
 古代ローマの哲人皇帝マルクス・アウレリウスは述べている。
 「行動においては杜撰になるな。会話においては混乱するな。思想においては迷うな」(神谷美恵子訳『自省録』岩波文庫)
 綿密かつ大胆な行動。敵の肺腑をえぐるような鋭い言論。そして、確固たる哲学--これがあれば、すべてに勝っていくことができるのだ。

信越最高協議会での名誉会長のスピーチ㊤
(2007年9月1日聖教新聞掲載)

星期五, 8月 31, 2007

死の問題こそ 人生の一大事

 「死の問題を解決するというのが人生の一大事である、死の事実の前には生は泡沫の如くである、死の問題を解決し得て、始めて真に生の意義を悟ることができる」(上田閑照編『西田幾多郎随筆集』岩波書店 )
 戸田先生と同じ石川出身の哲学者・西田幾多郎の言葉である。
 この一文を綴ったとき、西田は、6歳の次女を亡くしていた。
 だれもが、いつかは死ぬ。「死の問題」は避けては通れない。
 ゆえに、死について考えるとこは、人生にとって何より重要なのである。
 そしてまた、「死」を学ぶことが、「生」を学ぶことである。「よりより生きる」ことを学ぶことになるのだ。
 御書には、こう説かれている。
 「(人間は)命が終われば三日のうちに、その体は水となって流れ、塵となって大地にまじり、煙となって天に昇り、あとかたもなく消えてしまう。(しかるに、末法衆生は)そのようにはかない、わが身を養おうとして、多くの財産を蓄える。そのことは昔から言い古されてきたことであるが、現在のその有様は、あまりにも哀れでならない」(御書1389㌻、通解)と。
 仏法が説く永遠の次元から見れば、この世でわが身を飾っている地位とか名誉とか財産など、はかないものだ。
 日本の伝教大師は「生ける時、善を作さずんば、死する日、獄の薪とならん」(塩入亮達校注「願文」、『仏教教育宝典3』所収、玉川大学出版部)と、生命の因果を明快に示している。
 大事なのは、自分自身が「どんな人間であったのか」「どれだけ人に尽くしたか」である。
 結論から言えば、最高の妙法に生き抜く人生ほど尊いものはない。
 人のため、法のため、広宣流布に生き抜くことは、わが生命に何があっても崩れない福徳を積んでいるのである。


--北海道・東北・中部・北陸・信越合同研修会での名誉会長のスピーチ㊦
   (2007年8月31日聖教新聞掲載)

與自然對話--5


Buddhism for you -- Courage 31

Hope is born of the courage and enthusiasm that does not shrink from real effort and hard work.

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One who has the courange to speak the truth lives a truly splendid and fulfilling life.

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Those who can't do anything but live cowardly lives are like beasts.
They are ignoble and unhappy.
Those who live out their lives courageously, on the other hand, lead the noblest and most sublime existences; they are happy.--Josei Toda

******
Without courage we cannot be compassionate.

楽しく進め!幸福のために

 人生には、いやなこともあるけれども、何事も楽しくやろうと決めるのだ。いわんや学会活動は、自分自身の幸福のためである。
 動いた人が勝つ。妙法のために動いた分だけ、功徳につながる。その行動が本末究竟して、子孫にも福運を広げていく。これが仏法の因果である。法華経であり、日蓮大聖人の教えである。私も、これを信じてやってきた。
 戸田先生にお会いしてより、60年。一閻浮提広宣流布の大道は、青き地球に光り輝いている。
 わが同志が、広宣流布のために、一軒一軒、友のもとへ足を運び、誠意をこめて仏法の正義を語る行動が、どれほど尊い振る舞いであるか。社会への偉大な貢献となるか。
 信心に、絶対に無駄はない。広宣流布のための苦労は、自身の生命の大勲章となって輝く。
 日蓮大聖人が、三世十方の諸仏・菩薩・諸天善神が、最大に御賞賛くださることは、間違いない。
 いよいよ、広宣流布の第2幕である。
 全リーダーが、私と同じ心で、私とともに、労苦を惜しまず動いていただきたい。
 そして、広宣流布への一歩を、きょうも、そして明日も、希望に燃え、勇気に燃え、踏み出してゆくことを祈念してやまない。

--北海道・東北・中部・北陸・信越合同研修会での名誉会長のスピーチ㊥
 (2007年8月30日聖教新聞に掲載された)

星期四, 8月 30, 2007

Buddhism for you -- Courage 30

Courage always stris a response.

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If you give serious thought to the happiness of your friends and the welfare of your society and community--racking your brians over how you can contribute, taking action to try to make a difference--then you will find vibrant wisdom welling forth from your life.
Courage will rise within you quite naturally.

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We must win in life.
Even if we suffer minor defeats and setbacks along the way, it is important that we triumph in the end, that we strive toward ultimate victory with unceasing effort and courage, with the ardent resolve to definitely win. If we win, we will gain a great sense of fulfillment and joy.

星期三, 8月 29, 2007

広宣流布は流れ

 日蓮大聖人は、厳然と仰せである。
 「剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし」(御書1360㌻)
 「終には一閻浮提に広宣流布せん事も一定なるべし」(同816㌻)
 「日本国並びに一閻浮提に広宣流布せん事も疑うべからざるか」(同265㌻)
 仏法を万人へ、そして万人を、一生成仏という最極の幸福境涯へ――これが、大聖人の御心であられる。
 広宣流布の「流布」とは「大河のごとく流れ」「布のように布き広げていく」という意味である。全人類に向かって流れ、布き広げていくことである。
 これまでも、何度となく申し上げてきた通り、広宣流布は、流れの到達点ではなく、流れそれ自体である。
 何か特別な終着点があるものではない。「こうなったら広宣流布」というのは、譬えでは言えるが、決まった形のことではない。
 大聖人の仏法は「本因妙」の仏法であり、常に未来に広がっていく正法なのである。
 末法万年尽未来際のための仏法である。
 永遠に戦い続けることが、広宣流布に生きるということだ。
 広宣流布とは、形式的に人数が増えることではない。
 日本一国にとどまるものでも、一宗教を国教化することなどでもない。
 社会の各分野に妙法の「慈悲」と「智慧」が生かされ、「生命の尊厳」「人権の尊重」「平和の文化」が輝く社会を創造していく。
 こうしたことも、広宣流布の具体的な開花である。
 広宣流布とは、最高の幸福の哲理、最高の平和の法理を、広めていく運動である。
 師から弟子へ、親から子へ、先輩から後輩へ。
 また、国を超え、階層を超え、あらゆる差別を超えて、広めていくのである。
・・・・・・・
 折伏・弘教は根本の修行である。
 そのうえで、相手が信仰する、しないという次元を超えて、仏法への理解と共感を広げながら、ともどもに幸福な社会の建設へ、前進していくことが大切となる。
 それこそ、わが創価学会が、人類史上の先頭に立って切り開いてきた、仏法の人間主義を基調とする「平和主義」「文化主義」、「教育主義」の大路線である。
 私たちは「万年」の未来を目指し、「全世界」を舞台に、あらゆる次元で、壮大なる広宣流布の運動を広げているし、これからも広げていくのである。
 この最高無上の誇りを胸に、わが愛する地域に、方面に、永久に輝きわたる「広布のモデル地域」を創り上げてまいりたい。

~西日本・教育本部・学術部合同研修会での名誉会長のスピーチ(下)

(2007年8月28日聖教新聞掲載)~

Rendezvous with Nature -- 4

Tokamachi, Japan (September 1985)

Great Hopes (excerpt)

Great hopes --the shining light of peace
Already the time has come when human beings travel to other celestial bodies --what use now to squabble over this little earth of ours?
All human beings now must be friends must be siblings to one another

The earth the sea all shall be filled with life all things shall be nourished there and love and compassion overflow
Then what borders what boundaries will we need?
This globe we live on will belong to all
All then must pool their efforts to cultivate it to make it flower as never before
The bad dreams of the past we will wipe out and with open hearts welcome in the light of shining peace

Daisaku Ikeda

Buddhism for you -- Courage 29

Meeting new people and opening fresh channels of comminication require courage and initative.

******
On the flip side of arrogance lies cowardice--a lack of courage to face the truth.
Likewise, discrimination and envy are also two sides of the same coin.

******
"Of all base passions, fear is most accursed."
This declaration, from Shakespeare, calls on us to lead lives of courage and to act intrepidly for justice and people's happiness; it implies that cowards, because they are ruled by fear, are pitiful.

星期二, 8月 28, 2007

常在戦場が学会の魂

 何度も拝してきた有名な御聖訓に「謀を帷帳の中に回らし勝つことを千里の外に決せしものなり」(御書183㌻)--幕を張った中で作戦を練り、千里離れた戦場の勝利を、その場で決したのである--と仰せである。
 戸田先生は、この御文を拝しつつ、こう言われた。
 「どこにあっても常在戦場のつもりで、民衆のために戦おうではないか!」
 ご逝去の直前であった。火を吐くような一言一言を忘れることはできない。
 わが人生は、どこまでいっても戸田先生しかない。先生が師匠であるからだ。
 先生から託された創価学会を、どう発展させるか。先生の偉大さを、どう世界に宣揚するか。
 そのために私は生きてきた。
 「常在戦場」の気迫。
 「ただ民衆のため」という無私の精神。
 この戸田先生のご指導のままに、一つ一つの研修にも、真剣勝負で臨んでまいりたい。
・・・・・・
 リーダーが生き生きと学び、古き自分を打ち破りながら、新鮮な息吹で前進していくなかに、組織の新たな飛躍もあるのだ。
・・・・・・
 有名なイギリスの桂冠詩人テニソンも謳った。
 「努力の歩みをとどめ、挑戦をとどめてしまうことは、なんとつまらないことか!
 わが人生を磨きもせずに錆びつかせ、戦いもせずに光を失ってしまうことは、なんとつまらないことか!」
 きょうも、ともに学び、人間革命の歩みを進めよう!

---西日本・教育本部・学術部合同研修会での名誉会長のスピーチ
 (2007年8月27日聖教新聞に掲載された)

Buddhism for you -- Courage 28

The German poet Johann Wolfgang von Goethe declared that the loss of possessions and reputation is insignificant because you can always set out to restore them, whereas the loss of courage is the loss of everthing.

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Courageous young people are always catalysts for reform.
It is vital that youth become strong and initiate change from the grassroots level, from the bottom up.

******
We can never hope to win if we have a wavering, indecisive attitude.
We mustn't be cowardly.
Only the courageous can win over themselves and triumph in life.

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Faith is not emotionalism.
Faith is courage.
To become happy, we must have courage.