星期五, 9月 28, 2007

Rendezvous with Nature -- 11

Tokyo, Japan (December 1999)



Buddhism for you -- Determination 18

Just as one cannot graduate from school without passing a test, one cannot become a Buddha without defeating devilish functions.
To the extent that we struggle against and defeat such obstacles, we approach Buddhahood.

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Hope is life's greatest treasure.
A life without hope is bleak and gray.
If you have no hope, create some!

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Do not be afraid of people's scornful laughter or society's criticism.
When you stand up, have the self-confidence that you can conquer the world.--Josei Toda

中途半端でなく わが道に徹せよ

 きょうは、日本の、そして世界的な芸術家も集まっておられる。
 芸術部の皆様、そして、スポーツ界で奮闘される皆様、ご苦労様です!(大拍手)
 皆さんの姿を見ると、元気になる。さらなるご活躍を、大勝利を、全同志が一生懸命、祈り待っています。心から応援しています。
 もちろん、人生には、勝てない時もある。苦難に押しつぶされそうな時もあるだろう。
 しかし、「心」は断じて負けてはならない。
 「将来」は断じて負けてはならない。
 勝つための仏法である。
 格好ではない。まず真剣に題目をあげてあげてあげ抜くことだ。
 題目を唱えれば、生命力がわき上がり、表情もパッと明るくなる。ジェット機のように、ぐんぐんと上昇することができる。”生命のエンジン”が勢いよく回転していくのである。
 何事も一番を目指せ!
 自分に勝て!「どうだ!わが勝利を見よ!」と胸を張れる歴史をつくるのだ。そう言える人生は、気持ちがいい。
 信心半分、仕事半分という中途半端では、絶対にだめだ。自ら決めた栄光の目標に向かって、信心に徹し抜き、仕事も練習も、徹し抜くのだ。その人が勝つ。最後に勝つ。
 勝とう!わが使命の本舞台で!(大拍手)

ナワイー市「名誉市民」称号授与式
広布第2幕 第1回全国青年部幹部会での池田SGI会長のスピーチ
(2007年9月25日聖教新聞掲載)

星期四, 9月 27, 2007

張開眼睛

我並我弟子,雖有諸難,如無疑心,則自然至佛界.
無須疑惑天不加護,無須嘆息現世不安穩.
我雖朝夕教導我弟子,然愚鈍者之常態,起疑而皆捨之,
將約好之事,於真實之時忘記者也.--開目抄一節

Rendezvous with Nature -- 10

Tokyo, Japan (January 1999)

Words of Encouragement

Like the sun always bright in heart,
like the sea with a heart vast and wide,
like the sky with a heart unendingly tall,
like the flowers with a heart forever beautiful,with a heart set on happiness,
like the wind be free!
Daisaku Ikeda

Buddhism for you -- Determination 17

Do something! Start something!
As you make consistent efforts, you will begin to see your goals come into focus.
You will discover your mission--the only you can fulfill.

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Do not go around lamenting to others how hard it is for you to live in this world.
To do so is an act utterly unbecoming to a worthy man.--Nichiren

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This lifetime will never come again; it is precious and irreplaceable.
To live without regret, it is crucial for us to have a concrete purpose and continually set goals and challenges.

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How may one get to know oneself?
Never by contemplation, only, indeed, by action.
Seek to do your duty, and you will know at once how it is with you.--Johann Wolfgang von Goethe

苦難を支えた 師匠の励まし


 ウズベキスタンの格言には、「一人の人間が水路を掘り、千人の人間がそれを利用する」とあります。
 我々もまた、そうありたい。青年ならば、皆のために「水路を掘る一人」になってほしい。諸君、がんばろう!<参加者から「ハイ!」と力強く返事が>
 世界には、多くの有名な詩人がおります。そのなかでも、なぜ大詩人でもあり、大政治家でもあったナワイーが青年時代から社会に打って出て、難を受けながら、権力の魔性と戦い抜いてきたからであります。また、そうでなければ本物ではない。
 臆病に、ずる賢く、傍観していれば、だれからも悪口されない。世間には、そういう指導者が多いのではないでしょうか。
 しかし、正義に生き抜くナワイーは、傲慢な悪人から、妬まれ、讒言をされた。命を狙われ、卑劣な迫害の標的となった。偉大な歴史であります。
 どんな苦難にも、彼は絶対に屈しなかった。
 その支えは、何であったか?
 <参加していた学生部の代表が、「『師匠の存在』だと思います」と答えた>
 その通りである。ナワイーは、師匠からの励ましによって、何ものにも負けなかった。
 師は、弟子ナワイーが必ず勝利して、偉業を成し遂げていくことを、確信していたのであります。
 次元は異なるが、牧口先生と戸田先生が、そうでありました。戸田先生と私が、そうでありました。
 戸田先生が、事業の失敗でどん底の時、私は一人、立ち上がった。先生を会長と支え抜いた。
 当時の幹部のなかは、それまで戸田先生のことを師匠と言っておりながら、「戸田君、戸田君」などと、蔑んで口にする者がいた。
 一面から見ると、これが人間の世界であり、私はそういう人間と戦ってきました。ゆえに、人間の弱さ、悪の”奥の奥”まで知っています。
 仏法即人生である。
 人間の世界には、親子、友情をはじめ、たくさんの関係があります。
 そのなか、人間として生きていくための、重要な、根本の方程式を教え、教わる。人類の発展のためになる法則を、継承していく。そのためには、「師弟」しかないのであります。
 「師匠に応えゆく精神」を持つ人は、強い。私もそうだ。恐れない。惑わない。
 ナワイーは叫びました。
 「私は、どこにいようと、民衆を守り、民衆頭上に掲げられた剣を打ち砕くべく、戦い続けるということを、かの低俗な人々は知るがいい」
 ”断じて勝ってみせる!”--これが彼の信念、信条でありました。
 そして、ナワイーが、どれだけ師匠の恩を重んじていたか。
 「人生の心理に到達するために、たった一文字でも教えてもらったなら、何をもって、師匠の恩返しとするべきか。それには、世界のすべての富をもってしても足りない」
 これほどまでに、師匠の恩は大きく深いのであります。
 学会における本当の師弟は、戸田先生と私の関係にある。
 師弟を観念論にしてしまって、自分自身が永遠に損をする。師弟に生き抜く中にしか、本当の人生の向上、達成、勝利はありません。
 ゆえに、師匠に対する裏切り者を、絶対に許さない。弟子が団結し、師匠を永遠に守る。師に反逆した者を、断じて倒す。私は、この学会精神を忘れてはならないと、強く申し上げておきたい。
 ナワイーは、厳然と言っています。
 「たとえ、全民衆をだましおおせたとて、因果応報の理から逃れられぬ」
 仏法に通ずる洞察であります。
 ナワイーを迫害し続けた者は、のちに失脚し、悪辣な横領の罪も白日の下にさらされました。
 正義は必ず勝つ。このことを厳然と示しきっていかねば、人間社会は底知れぬ闇を流転せざるを得ない。正義の勝利こそ、後に続く青年に、希望と勇気を贈るのであります。

ナワイー市「名誉市民」称号授与式
広布第2幕 第1回全国青年部幹部会での池田SGI会長のスピーチ
(2007年9月25日聖教新聞掲載)

星期二, 9月 25, 2007

新・人間革命(懸け橋47&48)

懸け橋47

再び特急寝台列車「赤い矢」号でレニングラードを発った山本伸一が、モスクワに着いたのは翌十五日の朝であった。 モスクワは初冬を思わせる気温であった。 そして、正午には、ホテルを出発し、宗教都市・ザゴルスク市(現在のセルギエフ・パッサード市)へと向かった。この訪問は、ソ連側の強い勧めによるものであった。 パトカーに先導され、十数台の車が連なって進んだ。車窓には、牧草が刈り取られた大地が広がり、色づいた白樺の林が続いていた。モスクワを発って一時間余りでザゴルスクに到着した。 ザゴルスクは、モスクワ市の中心から約七十キロほど離れており、十四世紀以来、ロシア正教の中心地である。 一行は、タマネギ型のドームをもつウスペンスキー大聖堂など、歴史的な宗教建築を視察した。 随所で、額に深い皺を刻んだ老婦人らが、祈りを捧げていた。 祈りは、人間の本性に深く根差している。人は、希望がなければ生きられない。希望ある限り、祈りがある。 ロシアの作家チェーホフは断言した。 「人間は信仰を持たなくてはいけない、すくなくとも信仰を求めなくてはいけない、でなければ生活はむなしくなる」(注) そのあと、伸一たちは神学アカデミーを訪問し、ウラジミル学長らと昼食を共にしながら会談した。 「ソ連の宗教界関係者は、世界平和のために努力する方々の来訪を歓迎します!」 学長は、こう言って伸一を迎え、神学アカデミーの概要について説明してくれた。 それを受けて伸一は、ソ連の宗教事情などについて質問していった。 ザゴルスクでは、ロシア正教は風俗や習慣として、深く人びとの生活に根差しているようであった。また、精神的な「なぐさめ」や「癒やし」を、民衆にもたらしているようだ。 しかし、新しき創造をもたらす精神の活力源としての、宗教本来の役割を果たしているようには見受けられなかった。 人間の心を磨いてこそ、社会も輝きを放つ。人間精神の活性化をいかにして図るか――それは、ソ連の大きなテーマになると伸一は思った。
引用文献 注 「三人姉妹」(『チェーホフ全集11』所収)松下裕訳、筑摩書房

懸け橋48

山本伸一は、さらにウラジミル学長に、こう尋ねた。 「学長は、なぜ神学の道を歩むことになったのでしょうか」 個人の内面に一歩踏み込んだ質問である。学長は柔和な表情を浮かべ、言葉を選ぶように語っていった。 「人間には、その人なりの使命があると思います。結果的にいえば、私は、心の中にある信念に従ったといえます。 私は、第二次世界大戦で、兄を亡くしました。それは、実に大きな衝撃でした……」 兄の死が、学長を宗教への探究に向かわせたのである。 「死」というテーマの回答は宗教にしかない。 「あらゆる信仰の本質は、死によっても消滅することのない意義を生に与えるという点にある」(注)とは、トルストイの達観である。 伸一は深く頷いた。 「そうですか。 私も、第二次世界大戦で長兄を亡くしました。ほかの三人の兄たちも戦地に行きました。私自身も、結核に苦しんでいました。戦争の悲惨さは、いやというほど身に染みております。 私は、戦後、日本を戦争へと駆り立てた精神的支柱である、国家神道に疑問をいだきました。 そして、十九歳の時に創価学会の第二代会長となる戸田城聖先生と会いました。 学会が軍部権力に抗した希有の団体であったことなどを知り、人生の新しき哲学を求めて信仰の道に入ったのです」 二人は共通した運命を感じた。互いに兄の死と平和への渇望が、求道の契機となっているのだ。 学長は尋ねた。 「宗教界の平和運動について、どうお考えになりますか」 伸一は答えた。 「民衆に根差し、支持を得ているかどうかが課題であると思います。 また、それが自らの宗派の売名であってはならない。さらに、戦争をもたらす本質を鋭く看破した、しかも、現実に根差したものでなければなりません」 今度は学長が頷いた。 会談を終えると、伸一は記帳を求められた。 
「人間原点の橋を、更に高く長く。   
  創価学会会長      
     山本伸一」 
短時間だが、有意義な宗教間対話となった。
引用文献 注 「懺悔」(『トルストイ全集14』所収)中村融訳、河出書房新社


(2007年9月24日、25日聖教新聞掲載)

Buddhism for you -- Determination 16

Why doesn't constant trampling defeat the dandelion?
The key to its strength is its long and sturdy root, which extends deep into the earth.
The same principle applies to people.
The true victors in life are those who, enduring repeated challenges and setbacks, have sent the roots of their being to such a depth that nothing can shake them.

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Victory is indeed beautiful.

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The times when I feel most deeply that I have done something creative are the times when I have thrown myself wholeheartedly into a task and fought it through unstintingly to its conclusion.

星期一, 9月 24, 2007

広布第2幕 創価学会青年部宣言

創価学会の根本目的。それは「広宣流布」である。
その全責任を担い立つのが、我ら創価学会青年部である。
「この地上から悲惨の二字をなくしたい」--広宣流布は、第2代会長・戸田城聖先生の悲願であられた。
その実現に、人生のすべてを賭けて戦い抜かれた、第3代会長・池田大作先生。60年の師弟不二の大闘争によって、日蓮大聖人の仏法上、歴史上、未曾有の興隆の時を迎えた。
SGIは、世界190カ国・地域に発展。
先生の英知と平和行動を讃える、220に及ばんとする名誉学術称号、546を数える名誉市民称号。
教育界で燦然と光彩を放つ創価大学・創価学園。
立正安国の精神に基づき、大衆のために設立された公明党。
そして何よりも、宗教界の王者として屹立する創価学会。
我が青年部も、男子275万、女子168万の日本一を誇る青年集団となった。全世界では、500万の青年群が、創価の誇りも高く、青春の謳歌している。
広布第1幕。それは池田先生が、ただお一人で、厳然と築かれてきた師弟勝利の歴史であった。
そして今、創価の前進は、新しい時を迎えた。我々の眼前には、広宣流布の第2幕が、颯爽と開かれた。
広布第2幕とは、池田門下の弟子が、決然と立ち上がる時である。
広布第2幕とは、池田門下の弟子が、厳然と師匠をお護りする時である。
広布第2幕とは、池田門下の弟子が、敢然と師匠を全世界に宣揚する時である。
師匠・池田先生は青年部に、師弟の道を明快に示してくださった。
「師弟相違せばなに事も成すべからず」
仏法の根幹は、師弟である。
広布を成し遂げる力は、師弟である。
弟子が師匠のために、身命を捨てて戦い抜く時、広布の歴史は確実に開かれる。
さあ、広布第2幕!
堂々たる池田門下の出陣だ。
本門の青年部の大進撃の開始だ。
我らが正義を叫ぶのだ。
我らの陣列に、臆病者はいない。裏切り者はいない。
その開幕を告げる「第1回全国青年部幹部会」。
それは、広布の魂を継承する、池田先生と我々青年部の「師弟不二の儀式」である。
創価学会青年部は、生涯、池田先生と師弟直結で戦い抜くことを誓い、ここに、以下の5箇条を宣言する。
◇
一、創価学会青年部は、「破邪顕正」の師子である。師敵対の極悪は絶対に許さない。正義を叫びに叫び、偉大なる師匠を、断じて護り抜く。それが愛する学会を、同志を、護る道であるからだ。
一、創価学会青年部は、「広宣流布」の原動力である。民衆救済の大仏法を世界に広めゆくために、一切の戦いに先駆し、断じて勝利する。
一、創価学会青年部は、「師弟不二」の弟子である。池田先生を師匠と仰ぎ、師匠のために生き、三代の師弟の精神を未来永劫に継承する。
一、創価学会青年部は、「全員が指導者」である。自らの人間革命を通じ、社会のあらゆる分野で、信頼と勝利の実証を示す、一騎当千の人材群である。
一、創価学会青年部は、「日本の柱」である。2010年、学会創立80周年へ、青年の熱と力で「平和と人道の1000万の連帯」を断固、築きゆく。
2007年9月22日 創価学会青年部一同

(2007年9月23日聖教新聞掲載)

與自然對話--10


Buddhism for you -- Determination 15

Indulgence and indolence are not creative .
Complaints and evasions are cowardly, and they corrupt life's natural tendency toward creation.
You must not for one instant give up your effort to build new lives for yourselves.

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We each possess a diamond of happiness in our hearts that we can uncover only by making continuous efforts, never giving up or allowing ourselves to be discouraged.
Such perseverance will give birth to wisdom and ingenuity, enabling us to break through any adversity.

星期六, 9月 22, 2007

大目的観を持て

 戸田先生は、折々に、こう教えてくださった。
 「人生の本当の偉さというものは、どこにあるのか。
 それは一つは、若いときに決めた希望、信念というものを、一生涯貫いていく。もう一つは、一生涯、若々しい情熱を持ちきっていけるかどうかである」
 「年齢には三つある。肉体的な年齢、精神的な年齢、生まれてから数えている年齢である。
 たとえ肉体は老いても、生命力は強く、若々しくなければ駄目だ」
 満々たる勇気と情熱を燃やして、わが信念の道を、生涯、「青年の心」で歩み抜くことだ。
 先生は、こうも語られた。
 「信心の深さが変わらなければ、生活は変わらない。信心が深ければ、生活は一変する。運命の転換ができるのである」
 ”信心の深さ”が”人生の深さ””人間の深さ”を決める。一切は、一念で決まるのだ。
 「人生に悩みというものがなかったら、人生ではない。その悩みが悩みでなくなってくるところが、菩提である」
 悩みや迷いや苦しみは、だれでも、あるものだ。それを「煩悩即菩提」とし、「変毒為薬」していく。これが妙法の醍醐味ではないか。
 さらに先生は叫ばれた。
 「大目的観を持て!人生最高の大目的観を持て!そうすれば、生も喜びであり、また死も喜びである」
 広宣流布の大目的に生き抜く人生は「生も歓喜」「死も歓喜」の大境涯を開いていくのである。

山梨最高協議会での名誉会長のスピーチ㊦
(2007年9月21日聖教新聞掲載)

星期五, 9月 21, 2007

Rendezvous with Nature -- 9

Tokyo, Japan (May 1999)

Moonlight (excerpt)

In the shining realm of the silver monarch
the serene light of a wonderland of peace

I want to become drunk with moonlight,not out of tender sentimentality
but as a human being living in fullest harmony with nature,
determined never to lose sight of its primal being,
as a natural man, unhurried,
I want to love the moonlight

Daisaku Ikeda

Buddhism for you -- Determination 14

Life is like a sea voyage.
We each need to open up our own course in life with the strength of our convictions, unperturbed by the crashing breakers of life's stormy seas.
The fiercer the tempest rages, the more we need to rouse our own fighting spirit and man the tiller with all our strength and skill, crying, "Bring it out!"

******
However, as for the matter of becoming a Buddha, ordinary people keep in mind the words "earnest resolve" and thereby become Buddhas.--Nichiren

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The stronger the oppression from without, the stronger one's determination to summon forth one's inner resources to fight against it--this is the spirit of youth.

「仏法は勝負」最高の人間道を歩め!

◇
 「仏法は勝負」である。
 勝つか、負けるかである。
 釈尊も、魔と戦い勝って、成道した。いな、あらゆる障魔と戦い勝った。仏の異名に「十力降魔軍」「戦勝」「勝者」等とある通りだ。
 勝ってこそ仏である。
 これが、釈尊の精神であり、末法の御本仏・日蓮大聖人の法門である。
 人生も勝負だ。自分の人生、勝たねば幸福はない。善もない。敗北者は地獄だ。地獄に行かぬために、仏法があるのだ。この仏法を深く信ずるか、忍耐強く実践するか、勇敢に行動するかによって、勝負が決まるのだ。
 人生は、幸福が目的である。勝利のない人生は、苦しく、侘しい。絶対に、敗北の人生という不幸者になってはならない。
 戸田先生は、一生涯、全身全霊を打ち込んで、勝負の道を歩まれた。
 私は十九歳から、深き深き師弟不二の血脈を受けながら、最高の人間道を歩むことができた。
 妙法を流布しゆく、師弟不二の人生だ。
 全く悔いのない人生である。永遠に勝利と功徳の輝く人生である。
 十九歳の時に師に誓った、大仏法の広宣流布の誓願を、今も、いささかも揺ぎなく堅持して戦い進んでいる。
 皆様もご存知の通りだ。
◇
 ある時、戸田先生は言われた。
 「友人は必ず持つことだ。それも、良い友人を持つことだ。悪い友人は、人を利用する。悪い友人は自分の前途を堕落させるから、近づけるな!」と。
 同志を心から大切にし、新しい友情を拡大していくことが、広布の実相である。この一点を、忘れてはならない。
 「私たちは健康に留意したり、貯金したり、屋根に雨漏りがしないようにしたり、衣類に事欠かぬように用意したりする。だが、あらゆるもののなかでいちばん貴重な財産である友人を失わないために、賢明な備えをする者がいるだろうか」
 このアメリカの思想家エマソンの言葉が思い出される。
◇
 戸田先生を囲んでの懇談の折り、一人の青年が質問したことがある。
 「正しいはずの牧口先生が、どうして迫害を受けたのでしょうか」

 戸田先生の眼が、厳しく鋭く光った。
 戸田先生は質問自体には、全く答えられなかった。
 ただ一言、こう言われた。
 「根本は弟子がどうかだ。師の大事の時に殉ずるのが、弟子の道じゃないか!」
 最も正しい師匠であるからこそ、最も迫害されるのだ。
 御聖訓には、あまりにも明確に記されている。
 「如説修行の法華経の行者には三類の強敵打ち定んで有る可し」(御書五〇四㌻)
 「大難なくば法華経の行者にはあらじ」(同一四四八㌻)等と。
 重要なのは、師と共に殉難の覚悟で、師を護り、師を継いでいく弟子がいるかどうかである。
 その弟子がいなければ、師が命を賭して、三障四魔を打ち破り、弘通した大法も、令法久住できないからだ。
◇
 わが師・戸田先生が事業を失敗され、大きい苦悩の道を歩み始めた時に、信頼しきっていた弟子たちが、多く去っていった。
 この恩知らずの連中たちは、戸田先生の悪口雑言を、唾を吐くように言い散らして、去っていった。逃げていった。
 師と共に苦しむことが、どれほど大事であり、どれほど誇りであるかを知らない、畜生の心の連中であった。
 若き私は激怒した。
 夜の暗い事務所の片隅で、先生と二人で語り合った。
 「君よ、学会を護るために、阿修羅の如く、いな阿修羅となって戦い、活路を開いていってくれ給え!」
 先生のお体は、心労が重なり、衰弱していかれた。事務所の小さな座敷で、先生が横になられ、そこで懇談をしたことも、幾たびとなくあった。
 私は、この師の苦しみを全身で受け止めながら、まさしく阿修羅となって戦い始めた。ありとあらゆる行動を重ね、ありとあらゆる打開策を講じ、ありとあらゆる誠意を尽くした。
 全精魂を打ち込んで、師を護り抜くための、実社会での大闘争を続けたのである。
 激戦また激戦に明け暮れるなか、戸田先生はしみじみと語られた。
 「俺も、大作も、男らしい戦いをやり抜いてきたなあ」

・・・・・・
 一人の真実の弟子を持てた師匠は幸せである。
 牧口先生が殉教して残された正義の大道を、戸田先生が一人、厳然と受け継がれ、社会に開いていかれた。
 その道を、私が一人立って、同志と共に、世界百九十の国々と地域へ広げてきた。
 戸田先生が勝ったからこそ、牧口先生が勝利された。
 私が勝ったからこそ、戸田先生が勝利されたのだ。
 そし、わが後継の青年部が、日本中、世界中で勝ちまくってくれるがゆえに、私も永遠に大勝利なのである。

随筆・人間世紀の光(142)の一部引用
(2007年9月20日聖教新聞掲載)

星期四, 9月 20, 2007

Buddhism for you -- Determination 13

Buddhism teaches us that the individual writes and performs the script for his or her own life.
Neither chance nor a divine being writes the script for us.
We write it, and we are the actors who play it.

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Just as flower open up and bear fruit, just as the moon appears and invariably grows full, just as a lamp becomes brighter when oil is added, and just as plants and trees flourish with rain, so will human beings never fail to prosper when they make good causes.--Nichiren

立ち上がれ!波を起こせ!

 エドワード・ケネディ上院議員は語られていた。
 「私は創価学会の活動を大変に尊敬しています」
 「私は思います。人々が互いに理解し合うには『まず自分が人間的行動を起こす』ことだと。
 私は池田会長の思想に賛同します。復帰すべきところは『人間』です」『人間に帰れ』です」
 あらゆる変革は、自分自身の人間革命から始まる。
 ケネディ上院議員はまた、今年の7月、アメリカSGIの東部方面総会にメッセージを寄せ、兄君の故ロバート・ケネディ司法長官の次のような言葉を紹介してくださった。
 「信念のために立ち上がるたびに、ひとびとの幸福のために行動するたびに、そして、不正に立ち向かって闘うたびに、人は、小さな希望のさざ波を起こすことができる。
 幾百万の情熱と勇気を泉とするこうしたさざ波は、互いに交差し、重なり合いながら、やがて大いなる潮流となる。
 この潮流は、抑圧や抵抗の強固な壁をも押し流す力となるのである」
 立ち上がるのだ。
 行動するのだ。
 波を起こすのだ。
 外へ、外へと打って出るのだ。折伏精神を胸に!
 小さな世界いいるだけでは、新しい発展はない。停滞してしまって、傲りの心、退転の心に侵されてはならない。
 列車も、飛行機も、どこかへ向かっていく。進まなければ、目的地には着けない。これが道理である。
 人もまた、生き生きと、新天地に向かって飛び出すのだ。心を外へ開くのだ。そこに希望の拡大がある。幸福の光が広がる。
 勇んで、外へ打って出る--これが、勝利し、発展し続けていくための原則なのである。

~山梨最高協議会での名誉会長のスピーチ㊥~
(2007年9月19日聖教新聞掲載)

星期三, 9月 19, 2007

與自然對話--9


Buddhism for you -- Determination 12

If you cross one more mountain of hardships, you will find indestructible happiness then and there.--Josei Toda

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Will you take a step forward, or will you be content to stay where you are now?
Everything in your life is determined by that.

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Though some people wish to help me, eithter their determination is weak, or, though firmly resolved, they are unable to act on their intentions.
Thus, you are one of the very few whose actions match their will.--Nichiren