戸田先生は出席した座談会で青年部が活躍している姿を見ると、心から喜ばれた。
「ここの座談会は青年が集まる座談会だ!うれしい、うれしい!」
青年がいれば、皆がうれしい。多宝の友も、元気になる。
懸命に戦う青年ほど、美しいものはない。地域の方々にまで、さわやかな希望が広がる。
青年部は、わが地域の座談会に、勇んで集い合っていただきたい。婦人部も、壮年部も、応援をお願いします!
さあ新時代の2月闘争だ。青年部が座談会を軸にして、広宣流布を拡大する――戸田先生が、どれほど喜ばれるか。
そして3・16「広宣流布記念の日」の50周年を、新しき師子の陣列で、晴れ晴れと迎えていただきたい。
昭和31年5月。私が指揮を執る大阪支部が「1万1111世帯」の大折伏を達成した。
戸田先生は、かつてない拡大を、こう讃えてくださった。
「この大阪の素晴らしい拡大の結果に学んで、他の地域でも、大阪のように座談会を主力にしてやろうという方針となった。その意気に燃え上がってきた所で、多くの弘教ができたのである」
常勝の歴史は、座談会によって築かれたのだ。
私は戸田先生の指導を、きちんと記録し、残してきた。
先生は強調された。
「座談会をやって、二人でも三人でもいれば、御本尊の話、学会の話をして、みな、感激に満ちて帰っていく。そこから、いまの組織が発祥し、できあがっていったのである」
戸田先生が拡大の中心軸に据えられたのは、座談会であった。
「われわれは最初、座談会をやったときは、一人か二人、あるいは三人のため、遠いところまで出かけたものである。その原点へもどって、まじめに、真剣に、会員を育ててもらいたい」
今年、座談会に出た人は?<「ハイ」と全員から元気な返事が>
座談会に行かなくなったら、もう折伏の陣列から離れてしまっている。
戦後、出獄された戸田先生は、「学会の再建にあたっては、座談会の復活が根本である」と一貫して訴えていかれた。
そして、こう言われていた。
「百万言の耳当たりのよい理論よりも、一つの座談会の実践のほうが、はるかに広宣流布の歯車を回すことになる」
多忙であっても、できるかぎり時間をこじあけて座談会に集い、広布の息吹を呼吸していくのだ。
「本当に正しい折伏の場は、創価学会の座談会以外に絶対にない」
「大聖人の仏法の座談会である。慈愛に)満ちあふれた、この世でいちばん楽しい会合であるべきだ」
この先生の叫びを心に刻みたい。
新時代第15回本部幹部会での名誉会長のスピーチ㊤(2008年2月13日聖教新聞掲載)
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